大失敗

 「一条工務店に入社してから、資格を取るのにめっちゃ勉強しました。あれだけ勉強したのは、あれで最初で最後でしょう」


 一級建築士は国土交通大臣が免許を交付する。一方、二級建築士は各都道府県知事が免許を交付する。机の隅に置かれた自動車免許のようなカード型の免状には確かに国土交通大臣の角印がある。


 「ふつうね、建築科は卒業制作か、卒業設計のどっちかなんですよ。でもウチの大学ときたら両方必修でね。卒業するとき狭いアパートが模型だらけになりました」


 と、言いながらきれいにカラー印刷された設計図を、ぼいっと机の傍らに押しやる。おもむろにレイアウト用紙を取り出し、新しい間取りをシャープペンで描き始める。迷いのないシャープペンの動きが確かな設計力を証明している。ふと気がつくと爪がきれいに磨いてある。お客さんの前で図面を描くことを意識しているのかもしれない。


 「心が折れそうになることもあります。失敗もずいぶんやらかしました」


 子育て奮闘中の若い建築士は、笑いながら正直に吐露する。たとえばどんな?と恐る恐る聞いてみる。


 「仏壇があるっていうんで、仏間を設計したんですけど、引き渡したら、肝心のその仏壇が入らなかったんです」


 聞いてる方も冷や汗が出そうな話である。それでどうしたんですか?と続けて聞く。


 「仏間の柱をぶった切って仏壇入れました。あ、もちろん、ちゃんと構造計算しなおして問題ないことを確認してからですよ」


 他人様のお宅の話なのだが、それでもほっと胸を撫でおろす。


 建築士の肩書きは勉強すればなんとかなるのかもしれないが、こういう経験は努力したからといって手に入るものではないし、積極的に経験すべきものでもない。たまたまであったそういう幾多の経験を前向きにとらえ、それをばねにしていく姿勢が彼のたくましさを醸し出しているのだな、と思った。